2009年08月15日

11

いやはやいやはや。
しばらくの間、こうしてブログというものを放置してみて感じることがひとつだけありました。
罪悪感とか「更新しなきゃいけないや!」感の圧倒的な無さです。

僕なんかもちょろちょろと人のブログ見ては首を傾げているんですけれども、よくある「しばらく更新できなくてごめんなさい!」的な宣誓をしようという気持ちがまったく起きませんで。
人を思いやる気持ちの欠如とかそういう感じ?
それもこれも全部社会が悪いんでしょうね。
こんな僕に誰がしたんでしょうか。
なんか病んでるっぽくてカッコイイ・・・!

とかく事の発端は就職が出来るということに端を成していまして、それからの僕はというとそれはそれはやみくもに遊んでおりました。
東京という魔都市のあらゆるスポットあらゆるイベントを謳歌し、流れ作業のようにドカドカとアルコールを胃の中に流し込み、ようやく資金が底を突いたことをネタにしようとブログを書き始めて、今!

気がついたこととしては、そんなん書いてなにが嬉しいのか自分ということでしたよね。

金が無くて無くて、空を眺めるくらいしか娯楽がなくなっている今の僕は、はっきり言って今出しかけのウンコをぶら下げてるみたいにやるせないわけですよ。
それをまた自分で、誰も見てない、誰も興味を持たない、自分だけのネバーランドであるところのブログに書き起こすことになんのメリットがあるのか全然分からない。
悲しみの上塗りじゃないですか。

もっと・・・自分にとって・・・楽しいことを書こう・・・

もしも、今、のりぴーに会ったら・・・。
逮捕されてしまった彼女の精神的疲弊はいかほどか・・・。
シャバに出たとしても彼女を見る社会の目は冷たい・・・。
裏切られた・・・。
そんな人だと思わなかった・・・。
そんな言葉がノイズのようにのりぴーの耳からは流れ込むことでしょう。

そんな彼女に今、僕がありったけの優しさと、ひとひらの嗜虐性を持って接したとしたら・・・。

「僕の母にならないか?」

そう言うことが出来たら・・・。

彼女は抗うことなく僕の母となるんじゃないか。
「のりぴー最高の母説」を流布していた僕としては、シャブだの刑法だのそんなことはこの際ちぎってくず箱にポイしてしまえるほど万歳三唱なのではないか。

そして僕の母になったのりぴーは、きっと僕に献身的な看病をしてくれるのではないか。
インフルエンザに苦しむこの僕に・・・。


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posted by ささみ at 17:15| Comment(27) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

10

アイドルは死んだ。

今にも拳が飛んできそうな滑り出しを見せる僕がいますが、ちょっと言ってみたかっただけなんですよ。
「ロックは死んだ」
とかそーゆー感じですよププー、カッコイイねー自分ー。

まぁ、冒頭の珍言はどっから出てきたんですかっていうお話をしようと思います。

僕の友人に、著名な女性誌にモデルとして登場している人がいるんですけど、彼女は「ずっとモデルとして生きていくつもりはないのー」と常々語っております。
僕のチンコがピピンと反応するかどうかはさておくとしても、彼女は十分魅力的ですし、それは誌面での扱いや人気などが証明してくれています。
「彼女のようになりたい」なんてことをのたまう人も、残念なアメリカのチアガールみたいな顔をした女性をはじめとして、たくさんいるのも事実です。

また他方で、僕の後輩に女子アナウンサーになりたいという夢を持っている女性がいます。
彼女はアナウンス学院に通ったり、人脈を広げるべく魔都市東京をさまよったりと一心不乱にがんばっております。
どう斜めから見ても、可愛げのあるコッペパンくらいが限界の、ややとんちの効いたフェイスではあるんですが、その努力は瞠目に値します。
さっきからルックスに文句言いすぎだな自分、サイテーじゃ。

さて、ここまであげた中に登場した、なりたい職業はモデルと女子アナでした。
僕の周りには、他にも歌手や女優を目指している方がいらっしゃいますが、思えばアイドルになりたがる人と出会った記憶はありません。
世間を見渡してみても、その絶対数としてアイドルになりたいという人の数は、確実にマイノリティーでしょう。

一昔前はといえば、アイドルになりたいと思っている女性はたくさんいたはずです。
それこそ松田聖子さんなんかは、国民的なアイドルであり、猫も杓子も聖子ちゃんカットとか、ぶっ飛んだ実情がそこにはあったわけですよね。
そこには、実現性はともかくとして、多くの女性の中にアイドルへの憧れがあったと言えるのではないでしょうか。

それでは今、アイドルに憧れているという女性はどれほどいるのでしょう。
もちろん、いない、とは言いません。
ですが、相対的に見れば先にあげたようなモデルや女子アナの方が人気があると相場は決まっています。

その理由はというと、そういったモデルやら歌手やらが、元々アイドルが持っていた魅力を全部持っていってしまったからだと思うんですよ。
きれいな服を着せてもらい、世の女性達の羨望の的となる魅力はモデルに。
老若男女問わず、日本を興奮と感動のるつぼに叩き込むヒットソングを歌う魅力は歌手に。

それで、アイドルに残ったものは?
それは性的な魅力です。
もちろん、僕が希求する前世紀のアイドル達だって、痺れるくらい濃密なオナニーの対象になっていたはずではありますよ。
その時代はAVなんてありませんからね、それはそれはスピリチュアルにけしからん妄想を働かせながら、世の男性達はことに及んでいたはずですよきっと。
でも、それと同時に、彼女達の歌を、トークを、かわいさを、それこそ蝶や花を愛でるような気持ちで受け止めていたのも事実だったはずです。

それがどうでしょう。
グラビアアイドルなんて言葉もありますように、今やアイドルは、ただの性の対象になってしまっているような気がしてしまうのです。

顔がタイプ・スタイルがいい→ヤりたい!(パンツを下ろし、チンコに手をあてがいながら)

これが男達のイデアなわけで、昔のアイドルはその他にも魅力を持っていたからそれが目立たなかった。
しかし、今日ではそのお株を奪われてしまったアイドルに残ったのは、男性を惹きつけるセックスアピールだけだった。
女性達はもちろん、それ以外の部分でアイドルに憧れを抱いていたため、それがなくなった今は魅力を感じなくなってしまった。

僕の脳内ではこんな感じのストーリーが見えるのです。

僕は確かに、僕の定義上での本来のアイドルのような人たちに出てきてもらいたいですが、それは恐らくモデルさんやらが存在する限り無理でしょう。
だったらば、「世の女性を全部敵に回したっていいわ!」みたいな勢いで自身の「性」にフォーカスを当ててね、こうね、バンスカ脱いでくれたらなーみたいな?
そしたらほら、僕も男ですから、そのー、アピールされたらと言いますか・・・?

全身全霊、アイドルで妄想オナニーすることをここに誓います。


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久しぶりに書いたらコレだよ
posted by ささみ at 23:15| Comment(17) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

先日、酔っ払った友人が「サイズじゃねーんだよ!膨張率なんだよ、男は!」と鬼の形相で訴えておりました。
えぇ、もちろん僕らの股間の眠れる獅子こと、チンコのお話です。

あまりやる気のない店員達が一切下げてくれないため、ジョッキをテーブルにたくさん転がしている男が4匹in Wara Wara。
そういった環境下での発言という点を勘案すると、もちろん笑い話のひとつとなるべきテーゼです。
しかし、彼の論調は極めて真剣そのものであり、僕らは「お、おぅ・・・」なんてヘソでココア沸かすような反応をするしかなかったのです。

いっときますけど、僕らが彼のチンコのことを話題に挙げたのではありませんよ。
自然に、ナチュラルに彼がその言の葉を紡ぎ始めたんですよ。

彼があそこまでエキサイトステージしてしまったのは、明らかにそこに劣等感というもの、もしくはなにか不幸な経験があったからなのでしょう。
そうでないならば、あくまで外の世界のお話に過ぎないけれど・・・といった風情で彼はチンコのサイズならびにそのキャパシティについてプレゼンすることができたはずなのですから。

というか、僕は彼のチンコが烈火の炎をまとった瞬間を見たことがないですし、彼自身、自分以外の男性の怒張したアイツを見たという経験はないはずなのになぜ・・・。
オブラートに隠してとは言えど、あそこまで自分のチンコがちっちゃいと高らかに宣言してしまうなんて・・・思わず見たくなってしまいますなぁ(ジュルリ・・・)

まぁその後、紆余曲折を経て結局僕らは彼のご本尊を見ることになったのだけれど、サイズより毛の長さを気にしたほうがいいと思いました。
トランクスの太もも側からはみ出てるってすげーよ。

でまぁ、思ったことといえば、チンコの大きさって男としての器のサイズに比例するんじゃないかなってことですね。
言い換えると、チンコが小さいことだけで、何をそんな卑屈になっているんだろうということです。

やっぱり、僕らは男として生まれたからには、引いてはならない時もありますし、守るべきもののために全てを賭ける時だってあるわけじゃないですか。
自分が糞ころがしのような人間だということをどれだけ自覚していても、プライドと言いますか、最後の最後に確固たる自分を持ち続けること、つまり、誇りを持つこと、これって大事なことだと思います。
そういった「漢」と書いて「男」と読むような番長的ダイナミズム。
いくら今が、かつての社会をひっくり返したような平成の世と言えども、男性は有しているべきだと僕は思うんですよ。

そこにあってですよ。
「チンコはサイズではない、膨張率だ」と訴えること自体が緊急事態なわけですよ。

捉えようによっては、自分の足りない部分を自覚して、なおかつそれに悲観・絶望することなく前を向くという、柔軟な姿勢を見てとることもできますよ。
でもやっぱり僕からすればその行為は、自分の男としてのちっぽけな尊厳を自らかなぐり捨てることにしか見えないんです。

別に世の女性達におわしましては、サイズだのなんだのは、それこそ余った皮のようにどうでもいいことなんだぜ。
でも僕らは心のどこかで自分のチンコのスペックを気にしてしまう。
だったらもういっそのこと、高らかにラッパを吹いていればいいじゃないか。

「彼女に黒人並って言われたんだ。」

もうそんくらいの訳わからん暴論をぶち上げましょうよ。

「アンタ、そないなこと言ったら、あんさんの彼女さん、黒人の跳ねるような正常位にヒィヒィゆうてたことになりまっせ?」

言語道断にシャラップ!
そんな眠い推理が聞きたくて言ったと思うか?

確かに彼はチンコが小さいかもしれない。
だったらなんだっていうんだ。
そんなことでいちいち騒ぐよりも、山を見て、海を見て、そして社会を見ようじゃないか。
「俺、ちっちゃいけど・・・」
なんてゴニョゴニョしてるよりかは、堂々とウソついちまったほうが、男としてデカイ気がするんだ、僕は。

ま、僕はチンコでかいですから関係ないですけどね。

小者

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posted by ささみ at 22:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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